読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

inuyamanekojirouの日記

落語、プロレス、歴史、街歩きが好きな犬山猫次郎が、世間の様々なことを峰打ちにするブログ。

聖徳太子も鎖国もない(今までの)歴史教科書なんて。

headlines.yahoo.co.jp

 

聖徳太子のなぞなぞも、通用しない世代がいる】
子供の頃に読んだなぞなぞの本で、
「背負ったら臭くなる歴史上の人物、だ〜れだ?」
というものがあった。
答えは、「聖徳太子(背負うと臭いし)」
それくらい、身近で当たり前の存在だった聖徳太子
自分が一万円冊を手にするお年頃にはすでに福沢諭吉だったけど、それでも聖徳太子の存在感はデカい。
そんな聖徳太子のいない古代史なんて、鳥刺しのない焼酎(黒霧島)のようなもの。
遣隋使も冠位十二階も、どのようにして覚えていたのかと心配になるし、教科書で聖徳太子を習っていない世代に、
「背負ったら臭くなる歴史上の人物、だ〜れだ?」
なんてやったって、
「は?」
とか言われるのかもしれないし、
「うちのおじいちゃん」
なんて言われた日には悲しくなる。


【江戸時代の薩摩藩について、どう説明すればいいのか……】
鎖国も教科書に無かったんですって、奥さん。
ここ南九州を治めていた島津家の薩摩藩は他国との出入りを厳重に取り締まっており、鎖国をしていた日本の中で更に鎖国をしていた、言わば「二重鎖国」をしていた土地。
だからか、あの複雑な訛りが今に残っている。
その二重鎖国をしていたにも関わらず、朝廷とは緊密なお付き合いを続けていたし、琉球を通じて異国の文化を取り入れてたし、なんか引きこもってんだか、開放的だかよくわかんない政策だが、これが幕末の倒幕エネルギーに繋がるのだが、これはまた別の話。
えぇと、何が言いたいのかというと、鎖国も習ってない方たちにこの薩摩の「二重鎖国」をどう教えればいいのか悩むね、ってことです。


【歴史の教え方が変わるのは、当たり前?】
しかしね、中島みゆきも「そんな時代もあったねと、いつか話せる日も来るわ」って言うように、歴史の教え方もその時代時代で変わるもんなんです。
戦前なんか、伝記シリーズな中に忠臣蔵堀部安兵衛がソロでラインナップされてたんだから。
今じゃワンオブザ忠臣蔵だけど。
人生で二度も仇討ちしたのって、堀部の安ちゃんくらいのものだから「偉い!」てんでソロで活動出来たんだけど、戦後やっぱりGHQが、
「カタキウチ? アカンアカン!」
とでも言ったのかどうかはさておき、仇討ち、リベンジのシンボルはノーグッドてんで、歴史学習の表舞台から消えてしまった。
……ま、物語の中じゃ十分主人公なので、いいのでしょうけど。
でも、忠臣蔵も曽我兄弟も歴史学習には必要じゃないですかね。
なぜなら、勉強も復習(復讐)が大事だから。
チャンチャン。